鈴木 隆行

SUZUKI Takayuki

1996 1997 1997 1998 2000 2000 2000 2001 2002
生年月日 1976.06.05
年齢 47歳
加入年度 1995 (19歳)
最終年度 2005 (29歳)
在籍年数 11シーズン
身長 182cm
体重 75kg
血液型 O型
国籍 日本
出身地 茨城県日立市
出身中高 日立工業高校
ポジション FW (S C)
タイプ ストライカー
背番号 26930
利き足
スパイク Mizuno、NIKE
Jリーグ
通算
5,996分

通算
87試合出場
17得点
Jリーグカップ
通算
15試合出場
4得点
天皇杯
通算
14試合出場
6得点
アジア
通算
10試合出場
5得点
代表Aマッチ
通算
55試合出場
11得点

入団以来、ながらくレギュラーを奪えなかったが、移籍はいずれもレンタルであり、チームのベンチに座っている事に比べればはるかに良い経験を積んできた。97年3月~9月には阿部と共にブラジル留学を経験。リオFC(現在のCFZ・ド・リオ)で日本には無い激しさ、厳しさを経験。98年のジェフへのレンタルではJ2への残留争いなど、厳しい局面での経験も多く積んだ。そして2000年、ついに転機は訪れた。五輪に柳沢、平瀬が召集され、長谷川が怪我をするチームの緊急事態にレンタル先のフロンターレから電撃復帰。フロンターレではなかなか試合に出られなかったのだが、アントラーズ復帰後はゴールを量産。ナビスコ制覇、Jリーグ奪回と大きな仕事を成し遂げた。2000年ナビスコ杯ニューヒーロー賞受賞。2002年ワールドカップ、ベルギー戦にて1得点。ワールドカップ終了後、ベルギーのクラブチーム、ゲンクにレンタル移籍。正式移籍のオプション付きであったが、起用法に不運もあり無得点に終わる。日本代表の試合で帰国した際に「そのままもう帰ってこなくていい」と追い出された。その後、同じくベルギーのゾルダーを経てアントラーズに復帰。そして06年、元グランパスのストイコビッチが会長を務める名門レッドスターに2年契約で完全移籍したが、次第に出場機会を失うと、翌年Fマリノスに移籍。しかしここでも期待されたほどの結果は残せず、アメリカのポートランド・ティンバーズに活躍の場を移した。2010年のシーズン終了後に引退し、そのまま同クラブのコーチに就任する予定だったが、東日本大震災で被災した茨城の力になりたいとの理由から、経営難に苦しむホーリーホックにアマチュア契約を自ら申し出て加入した。
シーズン
No
所属チーム
時間
リーグ
Lカップ
カップ
アジア
代表
年俸
 
大会
0
0
750万
6
1
0
0
0
0
0
1,300万
1997(03-09)
1997(09-)
26
3
2
1,500万
/ ACC
67
3
1
1
0
1,500万
342
7
0
0
0
1
0
1999(02-08)
25
1
0
3
0
0
0
1
3
/ ACC
521
11
0
2
0
1,200万
2000(08-)
30
494
5
2
5
3
5
2
1,200万
J1 ニューヒーロー賞
1,990
26
6
6
1
3
4
6
0
10
3
2,300万
/ ACC
623
8
0
13
1
4,500万
x2
/ ACL
2002/03(07-06)
30
KRCゲンク (ベルギー) [L]
19
0
2
0
111
4
0
4
0
2003/04(08-06)
30
ゾルダー (ベルギー) [L]
30
5
4
2
1,092
14
5
0
0
3
0
18
6
1,588
25
3
3
0
10
1
5,000万
2005/06
19
レッドスター・ベオグラード (セルビア・モンテネグロ)
6
0
1
2
172
3
0
1
0
0
0
5,000万
2008(03-)
30
26
1
27
2
1,459
20
5
3
1
3,108
36
4
2
0
2,810
37
12
1
0
1,177
33
3
2
0